大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京地方裁判所 昭和46年(ワ)8202号・昭47年(ワ)345号 判決

昭和四六年(ワ)第八二〇二号事件の原告

昭和四七年(ワ)第三四五号事件の被告 株式会社上田写真製版所

右代表者代表取締役 上田比佐

右訴訟代理人弁護士 尾原英臣

昭和四六年(ワ)第八二〇二号事件の被告

昭和四七年(ワ)第三四五号事件の原告 宮川竹次

宮川フミ

右両名訴訟代理人弁護士 関康雄

同 今村征司

第二 主文

一 昭和四六年第八二〇二号事件について。

原告株式会社上田写真製版所の被告宮川竹次・被告宮川フミの両名に対する各請求をいずれも棄却する。

二 昭和四七年(ワ)第三四五号事件について

(一) 被告株式会社上田写真製版所は原告宮川竹次・原告宮川フミの両名に対し各金二十三万二五〇〇円宛及び各内金二〇万七五〇〇円宛につき昭和四五年九月二〇日以降残金二万五〇〇〇円宛につき昭和四七年一月二七日以降各支払済みに至るまで年五分の割合による金員を附加して支払え。

(二) 原告宮川両名のその余の請求を棄却する。

(三) 右第(一)項に限り仮に執行することができる。

三 訴訟費用は、両事件とも、株式会社上田写真製版所と宮川竹次・宮川フミとの三名の各自の負担とする。

第三 事実

一 (昭和四六年(ワ)第八二〇二号事件)

(一) 請求の趣旨

宮川竹次・宮川フミの両名(以下「宮川両名」という)は連帯して株式会社上田写真製版所(以下「上田製版所」という)に対し金一〇九万二〇〇〇円及びこれにつき訴状送達の翌日以降右支払済みに至るまで年五分の割合による金員を支払え。

訴訟費用は宮川両名の負担とする。

仮執行の宣言を求める。

(二) 請求の趣旨に対する宮川両名の答弁上田製版所の宮川両名に対する請求を棄却する。

訴訟費用は上田製版所の負担とする。

(三) 請求の原因

1 (事故の発生)

次の交通事故が発生した。

(1) 発生時 昭和四五年九月一九日午後三時頃(降雨)

(2) 発生地 港区北青山一―一―九(青山中学校)先路上

(3) 訴外タ 営業用普通乗用車(ニックシーサンセドリック。多摩五五あ三九二)

運転者 訴外早乙女政美

(4) 上田車 軽四輪乗用車(スバル三六〇、KⅢ、四二年式。八練馬か一六九八)

運転者 訴外宮川徹朗(昭和二十二年一〇月一七日生)

(5) 態様 上田車の右側面と訴外タクシーの前部とが衝突。

(6) 結果 上田車も訴外タクシーも共に炎上して全損。

訴外宮川徹朗は死亡(以下「亡徹朗」という。)。

2 (責任原因)

亡徹朗は上田製版所の従業員として勤務していた者であるところ、上田車を運転するに際し、折から雨のため路面が湿潤していて、スリップし易い状態にあったにもかかわらず、これに対する配慮を怠り、いきなり急ブレーキをかけた過失により、上田車をセンターラインを超えて走行せしめたために本件事故を発生せしめたものである。従って、本件事故は亡徹朗の安全運転義務違反により惹起されたものであるから、これによって蒙った上田製版所の損害を亡徹朗が賠償義務を負担すべきところ、死亡したので、その法定相続人(父母)たる宮川両名は民法七〇九条七一五条三項により上田製版所に対し後記損害を賠償する責任がある。

3 (損害)

(1) 訴外タクシー買替代 金七五万円

訴外タクシーは使用不能(全損)となったため、買替代金として上田製版所は訴外本州自動車有限会社に弁償したため、同額の損害を蒙った。

(2) 上田車の損害 金一五万円

上田車の事故当時の評価額は金一五万円であったところ、本件事故のため炎上により使用不能(全損)となり、右評価額相当の損害を蒙った。

(3) 亡徹朗の葬儀費 金十三万二〇〇〇円

亡徹朗の葬儀に際し、東京で営まれた分を上田製版所が支出した費用である。

(4) 連絡費 金六万円

亡徹朗の実家へ上田製版所の訴外立木猛夫が本件事故による事務連絡、その他のため出張費消したものである。

4 (結論)≪省略≫

(四) 宮川両名の答弁

≪省略≫

本件事故が、上田製版所の業務上の事故であり、右葬儀は、事故直後のものであり、その業務として当然なすべき事務である。

右事務連絡も、業務上の事故からして、その業務として当然なすべき事務である。

よって右両費用とも、本件事故による上田製版所の損害として宮川両名に請求できる損害ではない。

4 同第4項は争う。

(五) 宮川両名の抗弁

1 権利の濫用

本件事故は専ら上田製版所が上田車に対する管理を怠った過失(即ち、右側の前後輪のタイヤが全く摩耗していたのを漫然と運転させた過失)によって惹起されたものであるから、亡徹朗ひいては宮川両名に賠償責任がない。仮に、亡徹朗に安全運転義務違反の過失があったとしても、軽微であり、本訴請求は権利の濫用として棄却さるべきである。

(1) 即ち、今日の東京における過密な交通事情が運転者に想像以上の肉体的、精神的疲労を与えていることは、衆目の一致するところであり、交通戦争とまで称される状態である。

ところが上田製版所は、このような状態の中で亡徹朗を基本給わずか月金二万円という残業をしなければ全く生活できない低廉な賃金で(過酷な残業による等の諸手当を含めても、わずか月金三万一五一三円にしかならない)過酷な運転業務を担当させていたものであり、かつ、昼食といえばパンかあるいは立ち食いそば程度のものしか食べることができない程の不充分な昼休み時間(休み時間などとはいえない程である)しか与えず、そのうえ、連日の如く午後八時半頃までも残業をさせていたものであり、その労働条件においてゆっくり体を休め肉体的・精神的疲労をいやす余裕など全くなかった。

このような肉体的・精神的疲労の積み重ねの上に事故当日も上田製版所の業務のために午前九時から午後一時まで継続して運転をし一旦帰社し、そのまま直ちに上田製版所の業務のため、再びハンドルを握りその運転途上、本件事故に遭遇したものである。

以上の如き過酷な労働条件をみれば、仮に亡徹朗に上田製版所主張の如き判断の誤りがあったとしても、その判断の誤り自体上田製版所の今日の交通事情を無視した低廉な賃金及びあまりに長時間の過密な労働時間に基因することは誰の目にも明らかなところである。

(2) 仮に亡徹朗に未熟運転の過失があったとしても、前記の如き過酷な労働条件を未熟である亡徹朗に指揮命令すれば当然起り得る事故であり、その根本的原因が亡徹朗の運転技術を無視し過酷な労働条件を押しつけた上田製版所の選任監督上の誤りにあること、これまた疑問の余地のないところである。

(3) 以上のように仮に亡徹朗に過失があったとしても本件事故発生の基本的過失が上田製版所自身に存在し、かつ、亡徹朗の過失の根本的原因が賃金の低廉及び過酷な労働時間に存し、上田製版所の選任監督上の誤りに存する場合は、本件請求権自体存しないか、あるいは権利の濫用である(青森地裁昭和四三年(ワ)第二四七号求償金請求事件同四四年一一月二〇日民事部判決)。

(4) 上田製版所は前記の如き過酷な労働条件で亡徹朗の労働力を支配し利用し、その活動範囲を拡張し、それだけ多くの利益を収めているものであり、本件はそのために必然的に生じた損害である。

(5) 一方、宮川両名にとっては最愛の息子である亡徹朗を上田製版所の利潤追及のために前記の如き過酷な労働条件で働かされたうえ、その過酷な業務を真面目に遂行するために本件事故に遇い、失ったものであり、将来を託し老後の唯一の希望である亡徹朗を一瞬のうちに失ったその衝撃悲しみ、精神的苦痛は金銭に換算することは勿論、筆・舌に尽し難いものである。以上の如き両当事者間における本件事故の事情を更に勘案すれば上田製版所の本件請求が衡平の観念、信義則上許されない権利の濫用であることは一層明白になる。

2 過失相殺

仮に権利の濫用にならないとしても、上田製版所自身において前述した管理上の過失が存するのであり、賠償額算定にあたって適正な過失相殺がなされなければならない(松江地方裁判所浜田支部昭和四二年(ワ)第一九号損害賠償請求事件、同四二年一一月二一日判決)。

(六) 抗弁に対する上田製版所の答弁

1 権利の濫用の抗弁は否認。亡徹朗が日頃使用していた自動車は別の三菱ミニカバンであり、如何なる事情であったかは判然としないけれども、上田製版所の管理者側に無断で本件上田車(スバル三六〇)を乗り出し、亡徹朗の無謀運転によって生じた上田製版所の損害を訴求しているのであるから、権利の濫用等にはあたらない。

2 過失相殺の抗弁も否認。即ち本件上田車につき事故発生の一ヵ月位前にも正規の整備点検をしているので問題のない車であった。

3 いずれの抗弁も失当として排斥されるべきである。

二 (昭和四七年(ワ)第三四五号事件)

(一) 請求の趣旨

上田製版所は宮川両名に対し各金二五〇万円宛及びこれにつき昭和四五年九月二〇日以降右支払済みに至るまで年五分の割合による金員を支払え。

訴訟費用は上田製版所の負担とする。

仮執行の宣言を求める。

(二) 右請求の趣旨に対する上田製版所の答弁

宮川両名の上田製版所に対する請求を棄却する。

訴訟費用は上田製版所の負担とする。

(三) 請求の原因

1 (事故の発生)

昭和四六年(ワ)第八二〇二号事件の請求原因第1項と同じで、亡徹朗が本件事故により死亡した。

2 (責任原因)

(1) 上田製版所と亡徹朗との関係

上田製版所は写真製版・カタログ印刷等を業とする会社であり、上田車を所有、使用していたものであり、亡徹朗は昭和四一年三月郷里の富山県立滑川高等学校商業科を卒業し、直ちに上田製版所の従業員として勤続して来ていたところ、社命に従いその業務の執行として上田車を運転中、本件事故となったものである。

(2) 上田製版所の過失

上田製版所は、上田車の所有者兼使用者であるところ、他人に運転させる場合は、その走行装置等を点検し、安全走行できるように整備してから運転させるべきであり、自動車のタイヤの接地部分(トレッド)が摩耗し、スリップし易い状態になった場合直ちに新しいタイヤを取付ける等整備し、安全走行できるようにしてから運転させ、運転者の生命身体の安全を図らなければならない注意義務があるのに、上田製版所は、これを怠り、そのトレッドが全く摩耗したタイヤが右側前後輪に取り付けられていた上田車を漫然、亡徹朗に運転させた過失により、本件事故発生地にさしかかり、カーブであるためハンドルを切った際、車がスリップし、急ブレーキをかけたが、スリップを続け、センターラインを超え、訴外タクシーと衝突し、亡徹朗を死亡させたものである。従って上田製版所は民法七〇九条により亡徹朗の死亡に伴う損害を宮川両名に対し賠償する責任がある。

3 (損害)

(1) 逸失利益 金四五八万一七三八円

≪省略≫

5 上田製版所の積極的主張

(1) 本件事故は亡徹朗が免許取得後三ヵ月という運転未熟でありながら、日頃全く運転したこともない本件上田車を上田製版所の車両管理者に一言の連絡もなく勝手に持ち出し運転したものである。

事故発生状況は、亡徹朗が雨で湿潤していた道路を走行するに際し、スリップしないよう安全運転義務があるのに、これを怠り、普段運転し慣れない本件上田車を漫然運転進行中、あまり通ったことのない道路で前方のカーブを見て、あわててブレーキをかけたため、スリップを起こし対向車線に飛び込んだものである。

右の如く本件事故は免許取得後三ヵ月という、いまだ運転未熟な亡徹朗が車の性能、道路状況を無視し、雨で路面がぬれているところでハンドルを回しながら急ブレーキをかけるという無謀な運転の結果発生したもので、事故発生の責任は挙げて亡徹朗の未熟無謀運転にある。

(2) 宮川両名は「本件上田車が整備不良(タイヤの摩耗)である」旨主張しているが、上田車は昭和四二年一二月五月新車として購入したもので、事故発生日である昭和四五年九月一九日までの二年九ヵ月の走行距離は約三万粁で普通の使用状況である。かつ、その間上田車は購入先で十数回に及ぶ整備点検を行っている。

事故発生直前では一ヵ月前の八月三日にも整備をしており宮川側が主張するが如き整備不良車であった事実はない。即ち宮川側は「タイヤの摩滅」を主張し、それにそう証拠として車両見分調書及び写真がある。しかし、これらはいづれも事故後における上田車の見分及び写真にすぎない。本件事故はスリップして対向車線に飛び込んだ上田車の右斜前方より訴外タクシーが上田車の右側ドア付近に斜めに接触、双方車両が燃上したものである。その結果上田車自身の炎上による放熱と、訴外タクシーの炎上による放熱は双互に作用して上田車の右側と、訴外タクシーの左側前部付近の放熱はすさまじく、その間に介在する可燃物をことごとく燃焼又は固体から流動体に溶解せしめる程であったことが推測される。上田車のタイヤのゴムの部分が過激な加熱により溶解した結果にすぎず、事故発生以前から摩耗していたことではない。このことは車輛見分調書に「左側タイヤは前後輪とも正常である。しかし右側タイヤの前後輪二本は摩耗しトレッドがなく、つるつるである」旨記載がある。右側とは即ち上田車と訴外タクシーとの間に狭まれ高熱を加えられたタイヤである。およそ特殊車両でもない限り、同一車両で正常に作動利用していた車で左側前後輪は正常、右側前後輪はつるつるというが如き奇妙なタイヤの摩耗が発生する筈がなく、仮りにタイヤのバランスの不整備の可能性を考えても、右の如き結果の発生するが如きバランスのくずれのある車両は、およそハンドル操作不能で運転困難であり、すぐ発見修整されている筈である。結局車両見分調書や写真の如き上田車の右側前後輪の状況は高熱によるタイヤの溶解の結果を示すものにほかならない。

(3) 次に亡徹朗に対する「加重労働の強要」というが如き主張又は証言は事実無根である。

亡徹朗が組合活動に熱心であったことは上田製版所も認める。しかし、それだけ亡徹朗に仕事の上でも能力のあることを示すもので、その点は高く評価し重要な仕事を担当せしめたものである。当時、人材とぼしく零細企業である上田製版所としては亡徹朗の如き人材はその組合活動という障害を超えて失うことのできない従業員であったもので、むしろ担当業務も上田製版所に近い大事な取引先を担当させるという配慮までしていたものである。

亡徹朗の勤務状況は退社時間も平均一九時半頃である。事の良し悪しは別として、日本の工場又は現場労働者の実態において一日二ないし三時間の残業時間は遺憾ながら普通の状況であって亡徹朗のみの現象ではない。

むしろ亡徹朗は仕事で余った若い力を労働運動に投入し積極的に活動するだけの気力と体力を残しながら余裕を以って仕事に従事していたのである。

(4) 以上いずれの点からみても宮川側の主張は失当として排斥されるべきである。

第四 理由

一 (事故の発生)

昭和四六年(ワ)第八二〇二号事件の請求原因第1項のとおりの本件事故が発生し、訴外タクシーも上田車も共に炎上して全損となり、亡徹朗(昭和二十二年一〇月一七日生)が即死したことは当事者間に争いがない。

二 (責任原因、過失相殺、権利の濫用)

(一) 上田製版所は写真製版・カタログ印刷等を業とする株式会社であり、上田車を所有・使用していた。亡徹朗は昭和四一年三月、郷里の富山県立滑川高等学校商業科を卒業して直ちに上田製版所の従業員として勤務し、かつ、勤続して来たところ、上田製版所の社命に従い、得意先まわりのために信濃町方面から青山一丁目交差点方面に向け上田車を運転走行せしめていたところ、スリップしてセンターラインを超えてしまい、対向直進して来た訴外タクシーの前部に上田車の右側面が衝突し、双方の車が炎上して全損となり、亡徹朗を脱出できず死亡して本件事故となった。当時降雨中で路面が湿潤しており、スリップを起し易い状態であった。

以上の事実は当事者間に争いがない。

(二) ≪証拠省略≫を総合すれば次の事実を認め得る。

本件事故発生地は歩車道の区別のある車道巾員だけでも約二一米(片側三車線)の平担な舗装された環状三号線(外苑東通り)であり、制限速度は時速四〇粁にして、幹線道路のため交通量は多い。更に信濃町方面から青山一丁目交差点に向って、S字型にカーブして来て直線コースに入って数十米の個所であり(なお本件事故後、最近に至り、このカーブに、センターラインを超えないためにコンクリート製の中央分離帯が設けられていることは、当裁判所に顕著である。)、青山中学校正門前と東宮御所西門との間である。

亡徹朗は上田車を走行せしめて信濃町方面から青山一丁目交差点方面に向け第三車線を進行して来たところ、右S字型カーブあたりで急ブレーキをかけたところ、スリップし易い湿潤な路面であったため、スリップして車体後部を振る形でセンターラインを超えて対向車線(第三車線)へほぼ直角に侵入したため、対向車線(第三車線)を対向直進して来た訴外タクシーの直前の走行を妨げる結果となって、訴外タクシーとしては避譲できず、上田車の右側面に訴外タクシーの前部が衝突し、その後、直ちに通りあわせた人達によって亡徹朗の救助にかかったけれども失神していることもあって、難航している間に上田車の後部から出火して炎上し本件事故となった。この経過の骨子は別紙見取図のとおりである。

上田車は当時タイヤ四本とも或る程度トレッド(溝)が浅くなっていたけれども、左右を比較したときには、右側の前後輪ともタイヤがより多く摩耗していた。

この点に関し、上田製版所は「右側タイヤのトレッドがなく、つるつるとなった原因は、本件事故による炎上放熱によるゴムの溶解の結果にすぎない」旨主張する。なるほど本件事故による炎上は、上田車エンヂン部分から出火して二台ともエンジン部分から一緒に燃えたため、相当激しい炎と煙の勢であったと認められる。

従ってタイヤが可燃物であることからみて或る程度の影響があったことは推測し得るし、そのためにタイヤの表面が「つるつる」とか「てかてか」とかになることも肯定できる。しかし、油の炎上もあって、外見上は大きな燃焼に見えても、車の足まわり部分は意外に燃えないものである。更に炎上した後、間もなく近所の建築現場で働いていた者が、建築現場にあった消火器を何本か持って来て消火し切った。このことから推測すれば、炎上中、現実に路面に接地していたタイヤ部分までもトレッドが溶解し去ったとも理解できない。しかし車両見分調書には単に「右側タイヤの前後輪二本は摩耗しトレッド(溝)がなくつるつるである」旨記載されている。これからみれば、本件事故による炎上時に現実に接地していたタイヤ部分までもタイヤが摩耗していたものと認め得る。従って本件事故によってタイヤの摩耗が決定的になったとは認め難く、むしろ、本件事故前から右側前後輪のタイヤが相当摩耗していたと認めるのを相当とする。

更に、上田製版所は「もしも右側の前後輪のタイヤのみが、それ程までに摩耗していれば、ハンドルをとられて操縦が困難になる」旨主張する。この主張も理解できるけれども、本件上田車を特段の異常もなく運転していたものと推測できることからみて、それはハンドルをとられて操縦が困難を来たす程度までに至っていなかったものと認めるのを相当とする。

そして上田製版所の営業担当者(お得意先まわり)には、当時各人別の専用自動車が使用を許されていた。従って、亡徹朗は営業担当者であったため、数ヵ月前に運転免許を取得してからは三菱ミニカ・バン(いわゆるF・R方式)を専用車として使用を許され、かつ常用して来ていた。

本件上田車(いわゆるR・R方式)は元来、同僚の訴外久光の専用車として使用を許されていた。ところが、上田製版所に駐車してあった上田車を亡徹朗は誰れにも断らずに、如何なる事情に因るかは判然としないけれども、ともかくも、偶然お得意先まわりのために乗り出している。亡徹朗が常用していた三菱ミニカバンは上田製版所に駐車してあった。特に故障していて使用できなかったという立証もない。

(三) 右認定事実によれば、上田車がスリップしながらセンターラインを超えて本件事故発生となった原因は、亡徹朗が上田車に不慣れであったことも一因と推認できる。即ち亡徹朗の常用していた三菱ミニカバンはF・R(フロントエンジン・リヤードライブ)であり、自動車教習所でも、この方式の自動車で習得したものと推測できる。これに対し上田車はR・R(リヤーエンヂン・リヤードライブ)であって、F・Rのつもりで運転し、急ブレーキかけたりすると車体後部が振られることがある。この両車の本来的差異を感得しないで、他人の常用していた車を運転するときは、当該車は、それなりに、それぞれ、いわゆる「クセ」があるもので、これを十分把握しないまま運転したことにより突嗟の事態に適切な運転操作をとり得なかったものと推認できる。

降雨で路面が湿潤していてスリップし易いのであるから、スリップしないように安全な速度と方法とで走行せしめるべき注意義務があるにもかかわらず、これを怠りS字型カーブの第三車線で急ブレーキをかけたために、右斜めに滑走せしめた過失があったものといい得る。他方、上田車はタイヤ四本とも、或る程度摩耗しており、殊に右側の前後輪二本は、左側よりは、それ相当に摩耗していた、いわゆる整備不良車であったことも本件事故発生の一因をなしていたものというべきである。そして亡徹朗の過失と上田車の整備不良であったこととは、本件事故発生に与えた寄与度につき、いずれを重くと評価すべき立証もないので、五割対五割と認めるのを相当とする。従って、事故発生そのものからは、上田製版所と宮川両名とでは互に五割の限度で請求権が肯定されるべきものと解するのを相当とする。

(四) 次に「上田製版所の宮川両名に対する本訴請求は権利の濫用である」旨宮川側で主張するので検討する。

≪証拠省略≫によれば、次の事実を認め得る。即ち亡徹朗は郷里の高校を卒業して直ちに上田製版所(従業員二〇名~三〇名)に勤務し、労働条件の不満などで退職して行く中で、労働組合活動もしながら、従業員として事故死するまでの四年半にわたり勤続して来た若冠二十二歳の独身の文学青年であった。また亡徹朗の収入は一時間ないし二時間の残業の日をくりかえしても事故前の一ヵ年間の収入は金四二万円余であり、これは同年代の同規模の企業に勤める勤労青年の平均年収が金六二万円余であることと比較して金二〇万円位低い賃金であったことは後に認定するとおりである。

右認定事実によれば、それ相当の労務に服する割には給与が低廉であったうえに、社命による業務中の本件事故によって死亡している反面、上田製版所は中小企業として堂々と営業による収益をあげ続けていることを彼此、比較較量するならば、上田製版所の宮川両名に対する金一〇九万二〇〇〇円の本訴請求(即ち訴外タクシーを賠償した求償請求、上田車全損による賠償請求権行使等)は権利の濫用として許されないものというべきである。従って事故態様そのものからは五割の請求権が肯定されても、右の権利濫用に該当することに帰するため、結局のところ、上田製版所の宮川両名に対する本訴請求は全部失当として棄却を免れない。

(五) 結局、宮川両名が上田製版所に対する損害賠償請求権として後記認定の損害の五割相当額を認めるのを相当とする。

三 (宮川側の損害)

(一) 逸失利益 金三六三万円

前認定の諸事実によれば亡徹朗の本件事故死に伴い、得べかりし利益を失い、次のとおり算出される。

(勤務先) 上田製版所

(死亡時) 二十二才

(稼働可能年数) 四〇年間

(年収) 金四二万三四〇〇円

即ち事故死の直前の三ヵ月の平均月収が金三万一五一三円であり、そのほか事故前一ヵ年間の賞与が計金四万五二八三円(内訳は、昭和四四年、年末一時金が金二万四八〇八円、昭和四五年夏期一時金が金二万〇四七五円)であったことは、当事者間に争いがない。これによって事故直前の一ヵ年の収入を計算すれば、原告主張のとおり金四二万三四〇〇円(一〇〇円未満切捨)と認め得る。

(控除すべき生活費)右年収の二分の一。

(年五分の中間利息の控除)ライプニッツ方式。

423000円×1/2×17.159=363万2560円

従って、遠い将来についてまでも含めての算出であってみれば、その不確定要素も参酌して金三六三万円の逸失利益と認めるのを相当とする。

そして宮川両名が父母として相続人の全部であることは当事者間に争いがない。従って、この逸失利益を二分の一宛相続したものというべきである。

(二) 葬式費用 金二〇万円

≪証拠省略≫によれば、次の事実を認め得る。即ち本件事故直後、上田製版所側のはからいで、東京において火葬にふし、葬式も行われ、これに伴う出費は、ほぼ上田製版所で負担した(即ち、この費用は、昭和四七年(ワ)第三四号事件で上田製版所が宮川両名に訴求している中に含まれている。)。その後、宮川竹次は富山県の郷里に遺骨を持ち帰り、仏式にて、それ相応の葬儀をとり行い、それに引続く法要もいとなんだ。

右認定事実によれば、亡徹朗の社会的地位等からみて、宮川両名が葬儀費として出捐した分のうち、上田製版所側に負担せしめ得る額としては金二〇万円を認めるのを相当とする。

(三) 慰藉料 計金四〇〇万円

前認定の諸事実及びその他諸般の事情(殊に逸失利益算定の基礎年収が昭和四五年度の新制高校卒業者で一〇人―九九人の企業体における二〇才―二四才の賃金センサスによる年収金六二万六一〇〇円であることは当裁判所に顕著であり、このことと事故直前の原告の年収が金四二万三四〇〇円であることを比較して低いこと)などを参酌して宮川両名に対する慰藉料として各金二〇〇万円宛を認めるのを相当とする。

(四) 損害の填補 金三五〇万円

宮川両名が訴外タクシーの自賠責保険より金三五〇万円の支払を受けていることは、当事者間に争いがない。そしてこれは以上の損害に宮川両名において二分の一宛充当したものとみるのを相当とする。

(五) 差引計算 残金四一万五〇〇〇円

右(一)(二)(三)の損害の合計は金七八三万円となるところ、過失相殺した残りの五割相当額は金三九一万五〇〇〇円となり、これから右填補金三五〇万円を控除すると残金四一万五〇〇〇円となる。

(六) 弁護士費用 金五万円

宮川両名は、任意弁済に応じてもらえないため、本訴の提起と追行とを今村・関の両弁護士に委任し、着手金五万円を支払い、成功報酬として金五〇万円を支払う旨を約した。この事実は≪証拠省略≫により認め得る。しかし訴訟の全経過からみて上田製版所に負担せしめる額は金五万円と認めるのを相当とする。

四 (結論)

よって上田製版所が宮川両名に対する請求は失当として棄却する。宮川両名が上田製版所に対する請求中金四六万五〇〇〇円(即ち各金二十三万二五〇〇円宛)及び内金四一万五〇〇〇円(即ち各金二〇万七五〇〇円宛)につき事故の翌日たる昭和四五年九月二〇日以降、残金五万円(即ち各金二万五〇〇〇円宛の弁護士費用)につき訴状送達の翌日たる昭和四七年一月二七日(この点は当裁判所に顕著である)以降各支払済みに至るまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で認容し、その余を失当として棄却する。民事訴訟法九二条、一九六条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 龍前三郎)

<以下省略>

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!